雑談は勉強よりも勉強になる

雑談をするにはそれなりの知識や経験が必要だと思う

 

雑学とまでは言わないまでも、それなりのネタが必要である

 

最近は家庭教師で雑談ばかりしている

 

でもほんとに勉強に関係ないような雑談ではなくて、それなりに勉強に関わりそうな、でもすごく間接的な雑談が多い

 

例えば、世界史をやっていて、この人の名前はこの言葉の由来になってるんだぞ的な

 

こんな感じではあるが、正直普通の授業よりも全然興味を持って聞いてそうだ

 

勉強する本人が好奇心を持ったとき、1番学習が捗ると思っている

 

だからこそ、雑談でも好奇心がくすぐられるのであれば、むしろするべきなのではないか

 

実際に高校生の頃に雑談が面白かった先生の授業はよく覚えていた

 

もちろんインパクトがあったのもあるけど、普通に好奇心を持っていたからなんだろうな

 

それをやっぱり実現したいなと思って雑談をしている

 

おかげで授業は全く進んでいない

 

でも割と充実した授業をしていたのではないか

 

自己評価は高いけど本人はそんな楽しくないとか思ってないか不安だが、楽しそうなのでまぁよしとしよう

無性に書きたくなるときがある

普段はサボりまくるくせに、こう思うときがあるのが不思議

 

HUNTER×HUNTERの作者さんもこんなノリなのかなとか思ったりもする

 

別に書こうと思っている何かがあるわけではない

 

テーマがあるわけでもない

 

でも見切り発車でなんか書こうかなってときがある

 

意外とその感覚が大事なのかなと思う

 

突拍子もないことを思いつくのはそんな瞬間なのではないか

 

というのも、今現在てきとーに書いてはいるが、話を繋ぐことができている

 

できてしまっている

 

てきとーに書こうという気持ちが、見切り発車って意外と発想のきっかけになるよねという考えを生み出した

 

これだから無計画も悪くない

 

これがもっと気軽にできるものがTwitterなんだろうな

 

そうだツイッタラーになろう。

人は肩書きを大事にする

このタイトルだけを残し、下書きとして1週間近く眠っていたこの記事

 

当時の自分は何を書きたかったのだろうか

 

少なくとも言えるのは、肩書きは学歴とかどこの会社に勤めているかみたいな、一般的なものではなかったこと

 

なんだったっけな

 

そう思って約5分

 

思い出せませんでした。

 

思い出したら書こうと思う

悪の言霊はタチが悪い

今が人生で一番キツい

 

勝負のときである

 

ここ数ヶ月で何回も人生最大の勝負を更新してるわけだけど、実際何に勝負してるんだよみたいに思うかもしれない

 

リアルな話、全てなんです

 

大学の授業も、部活も、就活も(好きなこと、やりたいことも)全てのことをそれなりにこなすことが勝負

 

できるのなら全て完璧にしたいところだが、そんなうまくいくわけがない

 

それでも、納得行くくらいには頑張りたい

 

だが、キツい、本当に、信じられないくらい

 

さすがに抱え込んだら精神やられると思ってキツいしんどいと2、3人には話してるのだけど、結構スッキリする

 

言霊は存在する

 

悪の言霊は抱え込むと膨れ上がって破裂して、精神を壊していく

 

でも、周りの人には申し訳ないけど、話してみるだけで割と変わるものなのかもしれない

 

代わりに、いつか困ってたら悪の言霊受け取るから許してほしい

 

そんな言霊でキャッチボールできる相手も悪くない

 

ブログなら自己完結できるんです

 

テキトーに綴って終わり

 

吐き出すのは本当に大事である

某ひろゆきは言った「自分をコントロールできた方が楽だよ」

今、過去1番でやる気が出ない

 

モチベーションも上がらない

 

病んでいるわけではないけど、頑張ってることに対して成果が出ずに萎えている状態

 

結構ひどいメンタルなので、ここで自分をコントロールできるかがめっちゃ重要だなと思った

 

そこで思い出した

 

ひろゆきが「自分をコントロールできると楽だよ」

みたいなことを言ってるのを

 

聞いた当初は、「いやいやコントロールとか流石にできるし、他人に感情ぶつけたりしないし」

 

とか思っていたのだけど、コントロールすることは周りに迷惑をかけないだけじゃないとわかった

 

気分が上がらないときにいかに気分を上げるか

 

どうしても上がらないなら、せめてこれ以上気分を下げないようにするか

 

忙しい中で、気分転換とかをうまく生活に取り入れる能力が今問われている

 

正直言えば、気分転換は得意じゃない

 

だけど、気分転換を取り入れることが大事なんだなと気づけただけで成長だと思う

 

暇さえあれば気分転換

 

やってみよう

サファリパークはちっちゃい頃のあの経験と似ている

ちっちゃい頃にスーパーの子供用カートみたいなのに乗った経験はないだろうか

 

親が押して、自分は中から売り場を眺めるあの感じ

 

あれ完全にサファリパークだよな

 

そういいつつ、自分はサファリパークに行った記憶がほぼない

 

めっちゃちびっ子の頃に行ったことあるらしいが記憶はない

 

それでもスーパーの子供用カートはサファリパークだと信じている

 

なんならあの狭い運転席から眺めるお菓子コーナーはサファリパークよりもウキウキした

 

カートに乗らずに外からちょっかいをかけてくる兄弟は完全にキリンとかゾウだった

 

ちっちゃい頃の自分にとってスーパーはサファリパークだった

 

今、車の免許を取って、隣に恋人を連れてサファリパークに行っても(デートとしてどうなんか)、あの経験を越す楽しさは得られないのではないか

 

うまく言語化できない

 

こんなにもエモい過去を言語化できない

 

こんな悔しいことはあるだろうか

 

だれかこの経験を短編小説にでも、ファンタジー小説にでもしてほしい

お久しぶりですね

忙しいを言い訳に更新していない自分がいる

 

まぁ自分の中の判断基準ではそれは悪いこととしていないので、周りもとやかく言うわけだもないので、これはこれで良いと思っている

 

なんと言うか、Twitterみたいなものだと思っている

 

暇だとTwitter見ちゃう

 

でも忙しいとTwitter見れないのよ

 

最近は就活をそこそこに頑張っているから、いろいろ社会勉強をしていると日付が回ってしまう

 

日付跨ぐと記事を書くモチベーションが上がらないのでもういいやと思って寝る

 

これを10日間くらい続けているのが現状

 

まぁこの現状を改善したいとは思ってるので、Twitterを見るくらいなら記事を書こうと思った

 

140字には収まらない何かを綴ろうと頑張るつもり

 

びっくりするほど拙いけど自己満だからいいのだ

 

気が向いたらで良い

 

勝手に自分を苦しめるのも良くないよな

 

気楽に頑張ろう

 

どうでも良いけど暇なれTwitter見るって集合と命題のネタに使えそうだよね